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第19回:とにかく試合に出てみよう
前回のコラムで、がむしゃらにポーチに出ることでポーチへの恐怖心や抵抗感を取り除く試みについて書いてみたが、今回はその先、試合に出ることへの実験的挑戦について。
最近メインになっている受講生のグループの中で、中核になって頑張ってくれているN野さんは、試合や練習会に積極的に参加するタイプの方。一方、そのお仲間のN川さんは、ごく最近まで
『私は楽しくテニスが出来てそこそこ上手になれたらそれでいいわ』
というタイプの方、だった。そんなN川さんにN野さんが何度も
『練習会って言うスタイル(優劣を競うのではなく不特定多数と出来るだけ多く試合を楽しむ参加形式)があるから参加してみたら?』
と誘い続けた結果、ついに先日N川さんは『試合デビュー』を果たした。試合前に冗談めかして
『私はそんなつもりじゃなかったのに、ここまでテニスにのめり込んでしまったのはコーチのせいよ〜!』
と言っておられたが、結果はともかく、N川さんにその試合体験を『楽しかった』と言って頂けたのは、望外の喜びであった。
テニスには、いや、テニスに限らず物事には色々な楽しみ方がある。例えば車の運転なら、とにかく高速でぶっ飛ばすのが好きな人も居れば、田舎道を60km/h前後でクルーズするのが好きな人も居る。ゴルフであれば、『コースに出るのは面倒臭いが打ちっ放しの爽快感は好き』という方が居てもいい。
当然テニスだって、週1回レッスンを受けるだけで満足な人も居れば、ひたすら試合に出て勝ち続けなければ満足出来ない人も居る。ただ、自分自身がどのタイプに分類されるかは、車の運転でハンドルを握った途端に豹変する方がいるのと同様、実際にやってみないと本人にもわからないのではなかろうか。
N川さんの場合は、恐る恐る試合に出てみたが、結果は案外楽しかった、という『答』が出たようだ。勿論、これには参加申し込みなどのお膳立てを含め、当日もピクニック気分で楽しめるように茶菓など持ち込んで盛り上げてくれたN野さんの応援(策略?)もあったのだが。
世間にも、引っ込み思案であったり面倒臭かったりして、N川さんのように試合を敬遠している方も多いと思う。勿論、そのままで十分楽しいなら無理にとは言わない。だが、テニスのレッスンがどうしても試合で使う技術中心になる以上、それを実際に使う『場』に触れてみるのも、決して無駄なことではないと思う。実際の『場』で習得した技術を実践し、その雰囲気を経験することは、少なくともその後のレッスン受講に際して良い方向に働くだろう。
その結果、試合を『楽しい』と思えればまた出れば良いし、『やっぱり面倒臭い』と思えば出なければ良い。ただ、やる前から諦めるのは、勿体無いと思う。
その気になって探せば、初心者(全く試合に出たことのない方)でも試合に受け入れてくれるところは結構ある。パートナーも、最近は地域のテニスサークルを紹介するサイトで見つけることも可能だし、同じスクールで受講生同士声を掛けるのも手軽な手段だ。その際、自分が全くの初心者であり、実は消極的な気持ちを持っていると予め伝えておけば良い。それを嫌がる人なら(特に試合慣れした方なら)はっきり『ペアを組めない』と伝えてくれるだろうし、そうでない方とならペアを組んでも問題ないだろう。いっそのこと、自分と同じ境遇の(引っ込み思案の)初心者を見つけて、半ば強引に誘ってみるのも面白い。
初心者の場合、パートナーに対する過剰な遠慮や配慮が邪魔をして、なかなか声を掛け辛いと思うかも知れない。しかし、実際にはダブルスのペアは結構離合集散が激しく、1回限りのペアというのも珍しくない。その理由も、休日(試合に出られる日)の違いといった外的要因であったり、プレースタイルのミスマッチや試合に対する考え方の違い、コート上で露わになった『本来の性格』に驚いてなど、実に様々だ。その現実を知れば、少しは抵抗感も薄らぐのではなかろうか。
今回やたらと試合に出ることを勧めているが、別に生徒さんが試合に出たからと言って塾長に直接のメリットはない(生徒さんがより積極的になってレッスン数を増やしてくれる期待は持てるが、経験的に言ってその効果は案外薄い)。ただ、塾長は勧めてみたいのだ。勝ち負けは別として、誰かと協力して何かを成し遂げることの楽しさを、もう一度味わってみて欲しいと。
日常的に、たとえ小さなことでも一人で何かを成し遂げることはある。その達成感は、途中経過における困難さと達成によって得た報酬とに比例するが、これを二人以上で同時に味わう機会は、学生時代はともかく大人になってからは実に少ない。二人で何かを成し遂げた時の達成感は、一人でした時のものとはまた違う楽しさを秘めている。塾長がダブルスの指導、特にパートナーとの連係にこだわった指導をする理由も、その独特の達成感を少しでも味わって欲しいからだ。
学生時代、仲の良い友達と一緒に文化祭で何かを作り上げた時・同じ学校に一緒に合格し抱き合って喜んだ時・或いは悲しみを共有し一緒に泣いた時…。独りでは成し得ない何かが、そこにはある。その気持ちを、ダブルスの試合に出ることで、ちょっぴりで良いからまた味わってみて欲しいのだ。
但し、これをきっかけにどっぷりと深みにはまってしまい、試合優先・家事放棄といった状態に陥っても、当局は一切その責任を負わないのでそのつもりで。
2009.04.02 Copyright(C)しんのすけ
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