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第14回:若年層への指導法(2)
このところ忙しくて、コラム更新がすっかりお留守になってしまっていた。時間がある場合にはレッスンページの更新を優先させた結果である。楽しみにして頂いている皆様には大変申し訳ない。伏してお詫び申し上げる。
さて、久々の更新となる今回は、以前取り上げた『若年層への指導法』の続編である。塾長がもうすっかり忘れていたこの話に、今頃になって思いもかけない反響があったので、改めて取り上げる事にした次第。前回私は
『子供の練習では何よりもまず自分でイメージした通りに身体を動かす方法の習得に時間を割き、或いは反射神経や基礎体力、瞬発力、判断力、バランス感覚といった物を体得させる事に力を注いだ。』
と書いた。この事に関してとある方から
『子供のうちに正しい動作を教える事はやはり重要だ。基本をみっちり教えないと間違った方向に進む恐れがある。』
というメールを頂いたのである。このメールを受け取って何より驚いたのは、『コラムのバックナンバーをちゃんと読んでいる人が居る!』という事だった(笑)。…いやいや、自分で閲覧可能なように書いておきながら誠に失礼。しかし、全く正直な感想でもある。
今回はその誠に奇特な方への感謝を込めて、『正しい動作の習得』という事をもう少し掘り下げてみたいと思う。
最近のマスコミ(特にTV)の子供への影響力は凄まじいもので、『テニスの王子様』とか言うアニメが放映されるとすぐにテニススクールへのジュニアの申し込みが殺到した。事はテニス界にとどまらず、『ヒカルの碁』という番組で囲碁界に、卓球の『福原愛』選手で卓球界に、その他様々なTVをもとにそれぞれ題材となったスポーツやゲームに子供の志望者が殺到すると言う事が続いている。
一昔前にその波がゴルフ界に来た時の話だが、年端も行かない子供達が自分の身長とどっこいどっこいのドライバー(≒一番長いゴルフクラブ)を振り回す姿がTVで放映された事があった。
舞台となったゴルフクラブでは、子供に『正しい』スイングを見に付けさせる為に直径2m程の鉄製の輪(地面に対してやや斜めに傾けてあり、その中に子供が立ってクラブを輪に這わせるようにしてスイングの練習をする器具)を用意していた。うろ覚えの話で申し訳ないが、確かそのクラブの支配人か誰かが
『うちのスクールではこういった最新式の器具を用いて子供に正しいスイングを身に付けさせています!』
と言っていた。これを題材にちょっと考えて頂きたいのだが、この器具は果たしてどんな効果をもたらすと言えるだろうか?…正解は
『誰でも手軽に皆と同じ(正しい?)スイングを身に付けられる』
であろう。では、皆と同じスイングは正しいスイングと言えるのか?…この答は恐らく『No』だろう。
人間の身体は皆少しずつ違う。筋肉の付き具合、関節の角度、全体的な骨格、各部の強度…。それらの条件に全く左右されない全人類に共通な均一動作などあるはずもなく、細かい事を言えば100人いれば100通りの動作のスタイルがあっても良いはずである。
勿論、基本的な部分ではある程度共通化も図れるだろう。ゴルフスイング矯正器具も、その基本を教える為にだけ限定的に使うのなら多少の効果も見込めるかもしれない。しかし、個体差を無視して全員にその動作を押し付けるのであれば、それは『矯正器具』ではなくて『強制器具』である。
だいたい、同一人物であっても(特に子供の頃は成長に伴って)動作のスタイルが変化する事もよくある。特に若年層への指導はそれらの不確定要素の上に成り立っている事を意識し続けなければ、本人にとっても不幸な結果が待ち受けているだろう。
ちなみに、塾長が考える『正しいスイング』とは、
『本人にとって一番無理なく力(物理的な強度としての力だけでなく、コントロール性や俊敏性、メンタルな力まで含めた総合的な能力)を引き出せる動作』
である。また、同じく『正しい基礎』とは
『(上記の)正しいスイングをする為に必要な基礎理論の理解とそれを実践する為に必要な運動神経(力の強度、俊敏性、メンタルを含めた総合能力)の習得』
である。なお、『基礎理論の理解』とは、難解な運動生理学理論等の話を理解せよという意味ではなくて、小学生にでもわかるような『こう動くとなぜ結果がこうなるのか?』といった機序の理解の事である。
これが絶対だとは言わないが、少なくとも他人と全く同じ動作を『強制』されるよりは本人にとってやりやすいだろうし、何よりも『潰しがきく(テニス以外のスポーツを含めた全ての身体動作への応用がしやすい)』のではないかと思う。
前回(第12回『若年層への指導法』及び第13回『競技に賭ける人生』にて)申し上げた通り、テニスを習いに来た生徒が全てテニスにしか才能がない訳ではない。子供には幅広い世界で羽ばたく可能性があるのだ。やがて他のスポーツに転進する事もままある。早い段階でテニスでしか使えない動作ばかり教えて固定化してしまうのは、隠された生徒の才能の芽を摘み取ってしまう事にもなりかねない。
指導者に果たして、そこまでの権利があるだろうか?
メールを下さった方を含めた読者全員に、第12回での説明不足をお詫び申し上げると共に、(スポーツ以外を含めて)若年層への指導に携わっている全ての方々へ、この事を再確認して頂けたら、と願うばかりである。
2005.05.16 Copyright(C)しんのすけ
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