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第12回:若年層への指導法
今回は、子供への指導について考えてみたい。
先日、近所で素人っぽいコーチが子供らにテニスを教えているのを見かけた。その御仁を『素人っぽい』と断じた理由は、コーチとしてしてはいけない(と塾長が考える)幾つかの事をしていたからである。今日はその事を少し掘り下げてみたい。
最近『テニスの王子様』とか言うアニメの影響で、テニスをする子供が増えているそうである。それ自体は喜ばしいと捉えても良いのだが、子供の時に始めるスポーツの選択はもう少し慎重であるべきだとも思う。
世界的に見ても、プロと呼ばれて第一線で活躍するスポーツプレーヤーの多くは、遅くとも小学校低学年の頃から本格的にそのスポーツに取り組んでいるのが実情だ。
古い話になるが、冷戦当時の東側のスポーツを利用した国家戦略は苛烈とも言うべきもので、幼稚園に入って読み書きを憶えるよりも先にスポーツに取り組み、体操などでは12〜3歳の子供が金メダルを取る姿も当たり前に見られた。わが国ではそこまでの制度はなく、口さがない人は『日本でプロテニスプレーヤーがイマイチ伸びないのはまさにそのせいだ』とまで言っている。
しかし、金メダルの栄光の陰で、同じように強化プログラムに取り込まれながら栄光を前に挫折した多くの子供たちがいる事を忘れてはならない。
楽しみとしてのスポーツならまだしも、金メダルを狙う為のスポーツは身体に大きな負担をかける事になる。成長期の子供に対してはその影響は特に深刻で、発育・成長に障害を受ける事も多々あると聞く。たった1個の金メダルの為に数十人、或いは百人単位で子供に無理な運動を強いる事を、好ましいとは思えない。
第一、子供にどんな可能性があるのかを事前に、正確に把握する事は事実上不可能であろう。体操選手に向いていると診断され6歳から12歳まで強化訓練を受けた子供が実際にはパッとしなくても、もしかするとその6年間を囲碁のプロとして教育させていたら300年に1人の逸材になっていたかも知れない。その可能性の全てを予測するのは神以外には出来ない業だと思う。
私は、子供たちへのレッスンを引き受けた場合、常にその事を考えていた。
『本当にこの指導がこの子供たちの才能を引き出せているのか?』
神ならぬ身の私には永遠に答の出ない事だが、少なくともレッスンにおいていらぬ失敗を避ける為の自戒にはなっていたと思う。
勿論、その失敗の可能性を受け入れるだけの覚悟があって、それでもテニスプレーヤーとしての大成を目指す親子には、その旨を十分に確認(医療におけるインフォームドコンセントのようなものを)したうえで、テニスの指導に集中する事もあった。しかしそれはあくまで例外であり、全て子供のレッスンはその方向で良い事にはならない。
先に言った『素人っぽい』コーチは、大してうまくない子供を相手に時間中全部をテニスの高度な技の指導に充てていた。私の見る限りあの子供たちにまず必要だったのは、自分の身体を自分で思うように動かす技術であり、それに向けた練習であったと思う。それをせずにイキナリ大人と同じように技術練習だけをするのでは、とても良いコーチとは呼べない。
ちなみに塾長は、子供の練習では何よりもまずこの『自分でイメージした通りに身体を動かす方法』の習得に時間を割き、或いは反射神経や基礎体力、瞬発力、判断力、バランス感覚といった物を体得させる事に力を注いだ。先輩コーチの中にはこれを『テニスの練習ではない』と断じる方もおられたが、それはテニスだけを『贔屓』しているように思える。
子供は案外移り気なもの。中には将来全く別のスポーツで大成する選手が出ないとも限らない。数多くの可能性を秘めた子供たちにテニスにしか通用しない技ばかり教えていては勿体無いではないか。最近見た番組に出ていた女子プロボウラーは多くが20歳以上でボウリングを始めた人ばかりで、中には30歳になってから始めた人もいた。子供たちがそんな人生を歩まないとも限らない。いや、むしろ
『テニススクールに来た以上この子供たちは一生テニス以外しない』
と考える方がどうかしている。将来別のスポーツを始めた時にも役に立つ『反射神経』『バランス感覚』を磨いておけば、いつか『ああ、あの時の指導が役に立った』と思える時が来るのではなかろうか。
テニスに、いや、スポーツ指導に関わる全てのコーチがすべからく同じような考えを持つ事が出来れば、この国のスポーツ事情ももう少し明るくなるように思うのだが…。
2004.06.24 Copyright(C)しんのすけ
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