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第10回:速い球(強打)の功罪
暫くのご無沙汰になってしまったが、ようやくコラム欄も2桁目に突入した。またも更新が遅れてしまった理由と言い訳は誌上レッスン欄に譲り、イキナリ本題に入りたいと思う。
私にとってテニスはレッスンが主体なのだが、時々はご近所付き合いで近くのコートに出向く事もある。これもご近所のヨシミでたまに至極簡単な指導をサービスする事もあるのだが、今回、前から気になっていた事をついに指摘してしまった。
---練習しているつもりが、練習になっていない---
このグループでは、コートを借りている2時間の前半20〜30分をラリーやボレーの練習に当て、残った時間を試合に当てて楽しんでおられる。恐らく、仲間同士で楽しんでやっておられるグループの大半が、そんなものだろう。テニスをするのは楽しいが、練習は面倒。でもちょっとはやらないと上達しない。で、こんな時間配分が自然発生的に生まれるのだと思う。
ご近所のグループは全員が自己流でテニスを楽しんでおり、夫々に個性溢れる打ち方をしておられる。私は基本的にそのスタンスには大賛成であり、たとえ悪い癖がついていても、直接の支障がない限り、無理に矯正する必要も感じない。なにせこのグループは(基本的に)同じマンションの住人ばかりであり、毎回ほぼ同じ顔合わせでしている上に全員が似通った程度のレベルなので、これでも全然問題がないのである。逆に、急に誰かが突出して上手くなったりしても日頃のお付き合いに支障が…出るとまでは言わないが、バランスが狂ってしまう可能性は大いにある。ご近所付き合いを円滑にする手段としては十分だと思うし、レッスンとして参加している訳ではないのでこれまで特に手出しをしなかったのである。いや、手出しを避けたと言うべきか。
ただ、試合開始前の練習がちょっとイタダケナイ。練習とは、普段よりもゆっくりとしたペースで、じっくりと行う方が効率が良い。月に数回程度のいわゆる『お楽しみテニス』であればなおさら、『どうやって打つんだっけ?』などと思い出しながら、同時にゆっくりと身体をほぐして、というのが開始前のメニューとしては最適だろう。
ところが。
特に(肉体的だけでなく精神的にも)若い男性に多いのだが、数週間ぶりのテニスなのに、バカスカとイキナリ強打してしまうのである。練習&ウォーミングアップとして考えれば、これは最悪の選択だ。動作を思い出せず身体もほぐれていないうちに強打するのは肘などを故障する危険があるだけでなく、あっという間にフォームがガタガタに崩れてしまう。
基本的に、私は、これも無理に治す必要があるとまでは思わない。身体を壊してしまう事だけは問題なので別な方法でしっかりとウォーミングアップするようには薦めるが、バカスカ打つ方は場合によっては全く手を付けない。手を付けてはいけない場合もあるからだ。
『週末には時々テニスを楽しんでいます。』
何となく優雅で、ちょっとハイソサエティーな匂いさえ漂うセリフである。だが、実際は、夏場は暑くて汗まみれになるし、お蝶婦人のように優雅に舞うようなテニスをしている人は少数派で、多くはドタバタ走り回っているのが現実だ。では何故テニスをするのか?そう尋ねれば多くの人が『運動の為』と答え、恐らくはそれに続く人数の人が『ストレス解消』と答えるであろう。『ハイソに見えるから』などという答は極めて少数ではなかろうか。
そう。多くの人にとって、テニスはストレス解消の手段でもあるのだ。
そう考えると、球を日頃のストレス(の対象)に見立ててバカスカ打ちたくて打っている人の、折角の週末の楽しみを敢えて邪魔する理由はない。無理に止めてしまったらストレスが発散されずに溜まってしまう事になる。そうなれば次の週末まで、悶々とした日々を送らなければならない。その、私生活の責任まで、私は取る事が出来ない。だから手を出さないのである。
実際、ストレス解消派にとって、バカスカ打つのは相当楽しい事らしく、思いっきり打ったスマッシュが無茶苦茶にアウトしても、『ありゃあ〜っ!』とか言いながら随分と楽しそうにしている(私なら反省しきりだが)。そういう意味で、私はこのバカスカ打ちを否定しない。むしろ、肯定的ですらあるのだ。
ただ、強打にはえも云われぬ魅力があると同時に、最初に言った通り、怪我を招いたり自分のフォームを崩していつまでたっても上達出来ないという『功』と『罪』がある事は忘れないで頂きたい。
主にたまの週末しかプレー出来ない、いわゆる『サンデープレーヤー』の皆さんには、その功罪を自己責任で十分に理解した上で、怪我に気をつけて精々楽しんで頂きたいものである。
2004.04.12 Copyright(C)しんのすけ
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